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「抜け感」を言葉にしたら、AIが作った服が完売した──センスすら言語化できるなら、あなたの業務にできない理由はない

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服のデザインは、人間のセンスの産物です。少なくとも、そう思われてきました。

ところが 2026 年 8 月、アパレル大手のワールドが、生成 AI を全面的に起用した D2C ブランド「OO(オーオー)」で完売する商品を生んだことが報じられました。しかもこの AI、当初は社内で「センスゼロ」と酷評されていたといいます。

何を変えたら、そうなったのか。

報道によれば、決め手はモデルの性能ではありませんでした。「抜け感」といった、社内で当たり前に使われている感覚的な言葉を、詳細な言葉に変換して AI に学習させたことです。

……この話、他人事ではありません。


何が起きたのか

事実関係を整理します。

項目内容
ブランドD2C ブランド「OO(オーオー)」。2025 年秋に立ち上げ
使った AIグループ会社が開発したファッション特化 AI「Maison AI」
AI が担う範囲商品デザイン、商品構成、バイイング商品の選定、モデル着用画像・動画の生成、価格設定、商品説明文の作成
当初の評価「センスゼロ」
何を変えたか「抜け感」などの社内の感覚を、詳細な言葉に変換して学習させた
結果ブランドらしいデザインを生成。完売する商品も出た

注目すべきはAI が担う範囲の広さです。デザインだけでなく、何を仕入れるか、いくらで売るか、どう説明するかまで。ブランド運営のほぼ全工程が対象になっています。

背景として、ワールドは 2025 年 9 月に AI 戦略の専門組織を立ち上げ、社内 2,300 人規模で AI を利用しているとも報じられています。片手間の実験ではなく、事業として組んだうえでの結果です。


「センスゼロ」だったのは、AI のせいではなかった

ここが本題です。

最初、AI は使い物にならなかった。普通ならこう結論します——「まだ AI にデザインは無理だ」。実際、そう言って撤退した会社は多いはずです。

でもワールドが出した診断は違いました。AI が理解できる形で、自社の美意識が定義されていなかった

考えてみれば当然です。「抜け感」という言葉は、社内では通じます。10 年やっているデザイナーなら、それが何を意味するか身体で分かる。でも、その言葉の中身が書かれた資料は、どこにも存在しなかったはずです。

新人が入ってきたとき、先輩の服を見て、フィードバックをもらって、数年かけて体得する。それが業界の当たり前でした。AI には、その数年がありません。

つまり AI は、社内の暗黙知が言語化されていないことを、可視化しただけだったのです。


実際に、どう回しているのか

このブランドの担当者へのインタビュー動画が公開されており、運用の中身がかなり具体的に語られています。ここが本題に直結するので、要点を拾います。

業務ごとに、専用の「エージェント」を作っている

汎用の AI にその都度指示を出しているのではありません。業務ごとに、専用に調整した AI を用意している。インタビュー時点で 7 つあるとのことでした。

エージェント役割
価格提案画像と商品情報をもとに、販売価格を提案する。理由も説明させる
商品説明文の作成EC に載せるキャプションを作る
EC 店長「困ったら聞く」立ち位置。SNS にも登場する
映像ディレクター画像を渡すと、動画生成用の指示文を作る(日本語・英語)

ここで注目したいのが 価格提案です。

「参考程度に使っている」のではありません。担当者は、基本的には提案されたものを採用していると述べています。もちろん一部は確認するとのことですが、値付けという経営判断に近い領域を、実務として AI に任せている

これは変動価格の値付けの記事で書いた「ベテランの勘を明文化して、AI に価格をレビューさせる」の、かなり進んだ形です。そして重要なのは——理由も説明させていること。値段だけでなく、なぜその値段かを言葉で出させる。だから採用の可否を人が判断できます。

「人が変わってしまう」問題を、どう解いたか

もうひとつ、実務的に効く話がありました。

AI で商品画像を作ると、同じモデルのはずなのに、生成のたびに人が変わってしまうという問題が起きます。逆に、似せすぎると今度は不自然になる。

これをどう解決したか。

あらかじめ「ベース画像」を作っておく。 同じ人物を、違う角度から写した画像を何枚か用意して、そこに服を着せていく。

担当者はこれを「マネキンのようなイメージ」と表現していました。

撮影を支援する会社が持つマネキンのモデルは、そう簡単に種類を増やせません。でも AI なら、ブランドの好みに合うパターンを、いくつでも作れる

この手法が示しているのは、こういうことです。

言葉で説明しきれない部分は、実例で固定する。

「こういう人物です」を文章で書き切るのは無理です。でも画像を用意して「これ」と示せば、そこは動かなくなる。言語化の話をしてきましたが、言語化できない部分の扱い方として、これは非常に実用的です。

チームは 7 名。全員が入れ替わったわけではない

もうひとつ、見落とされやすい事実があります。

このプロジェクトのチームは 7 名(ブランドに主に関わるのは 4 名程度)。そして構成は、パタンナー、生産管理、デザイナー、MD といった、もともとの職種の人たちです。担当者自身も、元はパタンナーで、その後 CG デザイナーになった経歴の持ち主でした。

AI がデザインしているのに、服を分かっている人が、チームにいる。

これは偶然ではないと思います。「抜け感」を詳細な言葉に変換できたのも、生成された画像の良し悪しを判断できるのも、その言葉と判断を持っている人がいたからです。


これは、このブログでずっと書いてきたことです

読んでいて、既視感を覚えました。当ブログで繰り返し書いてきたことと、まったく同じ構図だからです。

毎回、同じところに行き着きます。AI が期待外れになる理由の多くは、モデルの性能ではなく、人間側が判断基準を言葉にしていないこと。

ワールドの事例が強烈なのは、その対象が「美意識」だったことです。業務手順やマニュアルなら、まだ書けそうな気がする。でもセンスは? 言語化できないからこそセンスと呼ばれてきたのではないか?

それが、できた。

だとすれば——請求処理の判断基準が言語化できないはずがない。見積もりの出し方が、クレーム対応の線引きが、在庫を発注するタイミングが、言語化できないはずがない。

「うちの仕事は特殊だから、言葉にできない」という言い訳は、もう成立しにくくなりました。


中小企業のほうが、実は有利です

「大企業だからできたのでは」と思われるかもしれません。専門組織、2,300 人規模の利用、グループ会社が開発した専用 AI。たしかに規模は圧倒的です。

でも、言語化という一点においては、中小企業のほうが有利だと考えています。

大企業中小企業
判断している人部署をまたいで分散。全員に聞かないと基準が集まらない社内に数人。すぐ聞ける
基準の統一67 ブランドあれば 67 通りの「らしさ」があるひとつに揃えやすい
決裁合意形成に時間がかかるその場で決められる
試す範囲全社展開の圧力がかかる1 業務から始められる

ワールドが直面したのは、分散した美意識を集約して定義し直すという難題でした。中小企業なら、その判断をしている本人が目の前にいます。その人の頭の中を、1 時間かけて書き出せばいい。

必要なのは高度な AI 技術ではありません。ループの記事で書いた通り、難所は技術ではなく業務側の設計です。


何から始めるか

言語化は、いきなり全部やろうとすると必ず挫折します。順番があります。

1. 判断を 1 つ選ぶ 「良し悪しを人が判断している場面」を 1 つだけ選びます。この見積もりは妥当か。この問い合わせは人に回すべきか。この在庫は発注すべきか。

2. 「なぜそう判断したか」を、その場で聞く 判断した直後が最も精度が高いです。後から思い出して書くと、きれいに整理されすぎて、実際に使っている基準が抜け落ちます。

3. 抽象的な言葉を、具体に降ろす ここが「抜け感」の作業です。「バランスがいい」で止めない。何と何のバランスか。どういう状態が良くて、どういう状態が悪いのか。悪い例を挙げるほうが、たいてい早い。

4. 例を集める 言葉で説明しきれない部分は、実例で補います。良い例と悪い例を並べると、境界線が浮かび上がります。

上で紹介した「ベース画像」が、まさにこれです。言葉にできないところは、実物を用意して固定する。文章と実例は、どちらかではなく両方です。

5. AI に渡して、ズレを見る 一度で完成しません。AI の出力を見て、「これは違う」と感じたら、その"違う"の理由が、まだ書けていない基準です。それを書き足す。この往復が言語化そのものです。

ワールドの AI も、最初は「センスゼロ」でした。一発で当たらなかったことは、失敗ではなく過程だったわけです。


触れておくべき論点

正直に書いておきます。この事例には、手放しで喜べない側面もあります。

報道を受けた反応の中には、デザイナーの役割が縮小するのではないかという懸念の声もありました。妥当な指摘だと思います。

ただ、この事例で起きたことをよく見ると、AI に美意識を教えたのは、その美意識を持っていた人たちです。言語化できる人がいなければ、AI は「センスゼロ」のままでした。

そして上で見た通り、チームにはパタンナーも生産管理もデザイナーも MD もいます。職種が消えたのではなく、やっていることが変わった——というのが、いまのところ実態に近いように見えます。

置き換わったのは「手を動かす工程」であって、「何が良いかを決める役割」ではない。少なくとも現時点では、そう読むのが正確だと思います。とはいえ、この境界がこれからどう動くかは、まだ誰にも分かりません。


まとめ

  • ワールドが生成 AI を全面起用したブランド「OO」で完売商品を生んだ。決め手は AI の性能ではなく、「抜け感」など社内の感覚を詳細な言葉に変換したこと
  • 「センスゼロ」だったのは AI の限界ではなく、社内の暗黙知が言語化されていなかったことの可視化だった
  • AI が期待外れになる理由の多くは同じ構造。言語化されていない判断は、AI には渡せない
  • センスすら言語化できたなら、業務の判断基準が言語化できないはずがない
  • 実際の運用では、業務ごとに専用のエージェントを 7 つ用意している。価格提案は「参考」ではなく、基本的に提案されたものを採用——ただし理由も説明させているから判断できる
  • 言葉にできない部分は、実例で固定する。同じ人物を違う角度から撮った「ベース画像」を先に作り、そこに服を着せる
  • チームは 7 名で、パタンナー・生産管理・デザイナー・MDという元の職種の人たち。職種が消えたのではなく、やっていることが変わった
  • 言語化という一点では、判断者が近くにいる中小企業のほうが有利
  • 始め方は、判断を 1 つ選び、直後に理由を聞き、抽象を具体に降ろし、例を集め、AI とのズレで書き足す

自社の仕事の中で、いちばん言葉にしにくい判断は何でしょうか。おそらくそこが、いちばん価値のある言語化の対象です。

Acetyl:Tech は、現場の判断基準を言語化し、AI が働ける形にするところから支援しています。 「うちの業務は特殊で、AI には無理だと思う」という段階のご相談こそ歓迎です。お気軽にどうぞ


出典・参考

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